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2009年2月

2009年2月22日 (日)

あやかりたい

6ヶ月の月日が経って、初めから見えてはいたがあえて目をつむっていた「価値観の違い」が、目立つようになってきたと思う。
それについて話すことは、たとえ喧嘩みたくなっても大事なことだろうと思う。
僕も頑固だけど君も頑固だということもわかった。
君は、最終的には「自分」の将来を考えて道を選ぶのだろう。
二人でいくら話し合ったって、それは変わらないことだと思う。
今の段階で、仕事と僕を天秤にかけていつか僕を置いていってしまうこともあるかもしれない、という可能性を、君は見据えているのかもしれない。
(にしても僕は「正直言うと」という言葉が嫌いだ)
何が現実的な話で何が堅実な人生か、僕にはわからないけど、やっぱり僕は君との将来を見据えなければ、その他の未来は想像できなくて恐ろしい。

ということは僕は君に追随しないといけない。
外に逃げて行く君に必死で食らい付かなくちゃいけない。
僕はわがまま言ってられないのだ。
それくらいのことが僕には出来るんじゃないだろうか。
我慢して自分の価値観を殺すことくらい、もう出来るようになっていなくちゃいけないんじゃないだろうか。
我慢が何故必要かって、こんな時に何の滞りもなく誰かの価値観に合わせられるように、そんな心の余裕をもたらすために、日頃から我慢の練習が必要だったんじゃないのか。

この想いはきっと空回り、でも好きなんだもん。

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2009年2月16日 (月)

タイムリー

タイムリー
今まで経験した中で一番甘いバレンタインだった。
君にチョコをもらった時――裸で――二人でいることの幸せと、別の幸せによって隠れてしまった喜びが、一人になった時に爆発した。
嬉しい。
これは、これは、嬉しすぎる。
どんなにたくさん砂糖の入ったチョコよりも甘く、誰が作ったチョコよりもおいしい。

自転車で持って帰ったところ、電車よりも早く帰れるのだが、暖かい日だったので、溶けて字も崩れてしまった。
で、修復作業を10分くらいかけてしたのだが、やっぱりぐちゃっとしてしまった。
申し訳ない。
でも、かわいいね…!

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2009年2月14日 (土)

すてきナイス

クリスマスもバレンタインも、興味はあっても関係のないイベントだった。
だから「興味も関係もないんだ」といつも思い込ませていたし、世間に対して猛烈な敵対心を抱いていた。
その名残で今も、自分の期待よりも、不況の中のバレンタイン市場の盛り上がりについて注目している。
やはり市場も、バレンタインの主体を女性にした方が効率よく儲けられる、ということに気付いたんだろうか。
去年まで興味ないふりをしていたからか、世界金融危機とのギャップからか、今年のバレンタインは例年よりも商戦が激しいように見える。
やっぱり無頓着を装っていたせいなのかな。
とにかく「僕と関係ないところでやけに盛り上がる」という基本的構造が嫌だった。
そこに参加したい、というより止めてくれ、という感じだ。

今も、君がいるからといって期待をかけるなんてことはしないのだ。
僕から積極的に何かねだるなんて考えられないだろう。
10時半頃だったか、君から電話がかかってきた。
僕が出ると、君はいきなりごめんと謝った。
すごく焦ったように謝るので、僕は何か約束のドタキャンかな、と思っていたら、君は「バレンタイン宮崎に忘れて来ちゃった」と言った。
意味がわからなかった。
バレンタインというイベントは宮崎が全国に発信しているもので、それを宮崎に置いてきてしまったために今年の2/14は全国でバレンタインが出来ず中止になる、ということかと思ったが、どう考えてもそれは違った。
要はバレンタインに渡す予定だったプレゼントを宮崎に置いてきてしまった、ということだった。
僕はそういうわけでバレンタインに期待もせず、ましてやプレゼントを渡すイベントだったかな、と疑問に思うタチなので、君の涙ながらの謝罪には心を打たれて、こっちも泣いてしまいそうだった。
君はたくさん考えて選んでくれた。
しかしせっかく僕のために心を込めて用意してくれたものを宮崎に忘れてきてしまった。
それを涙して謝ってくれるなんて…。
ますます愛しく思えてしまうじゃないか。
もう、それは現物をもらうよりも大きな喜びなのだ。
発送料払いたいくらいだ。

君は本当に、すてきナイスだ。

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2009年2月10日 (火)

思い過ごし

僕の精神を根底から不安にさせたことは問題だけど、
疲労による一時的な思い過ごしだったらしい。
君を好きじゃなくなるなんて、そんなはずあるわけない。
妙に冷静ぶって考え込んでた分、だいぶ恥ずかしい。
今はもう、朝目が覚めた時から夜眠りに就いてしまうまで、君のことばかり考えておる。
あとは考えてることといったら、久々に来た武蔵小金井駅構内は近代化していてまるで23区のどっかの駅のようだ、とか、久々に乗った中央線は揺れて転びそうだ、とか、久々に乗った中央線はこんなに便所臭いもんかしら、といったところだ。
しかし君と電車のことしか考えていないわけではないから安心してほしい。

僕の不安に君をも巻き込んだことをこの場で詫びたい。
僕はもう平気だ。
君に会えない寂しさでちょっと変になっちゃってる気はするけどね!

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2009年2月 9日 (月)

本文

物理的に離れれば精神的にも離れちゃうのかな―
そんなもんではない、と思ってはいるんだけど。

この数日間に、今度は僕の方が変化してしまったかもしれない。
恋愛において「勢い」なんていうとおかしな気はするけど、例えばお台場でデートをした時と、遠く離れたところにいる現在を比べれば、恋愛の「勢い」はお台場の方があった。
ただしそれは時間の流れに沿って気持ちが薄れてきているということを意味するのではない。
昨日は「もしかして君への気持ちが薄れているんでは?」と疑ったが、そうではないとわかった。
気持ちは変わらない。

今「勢い」が感じられない一番の原因は、二人が会えないことだ。
それは気持ちを高ぶらせはするが「勢い」を増すことはない。

それから、君が不安がってちょっとしたことで「私嫌いになった?」などと確認をすることも、「勢い」を止める(二人の空気の流れがスムーズにいかなくなる)ことに繋がってるのかな、と思う。
まあ君が不安がるのは僕が今一つ頼りなくて信頼がおけないという点に問題があるのだけど。
君を夜の不安から守れるような信頼感をもっと身につけなければな、と改めて思った。


まあいろいろ考えていて結局君を好きなのだということに変わりはないという結論が出たことに安心した。
僕はあと数日間、愛すべき恋人を素直な気持ちで待つことになるのだ。

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2009年2月 8日 (日)

巣鴨

変わったのかな、と思う。
君に対する想いとか、どんな風に考えているか、僕にとってどういう存在なのかというようなことが、恋人関係が始まった時と現在では変わったのかな、と思う。
いい意味で変わったんだかそうでないんだかはわからないけど、そう思う。

二人のベクトルが同じ方向を向いていることに安心したために変に高いテンションにならないのか、君が僕の恋人であるという事実が僕の中で日常的なものとして消化され(つまり慣れたってこと)、君のことで僕の気持ちの振り幅があまり大きくなくなったということなのか。
気持ちの振り幅が小振りになった、というだけのことであればそれは「安定」としてとらえていいのかもしれないけれど、もしテンションが低下しているというのであればそれは「マンネリ」という僕の最も恐れているもののひとつに入るんではないか。

気持ちの振り幅が小振りになってきたな、というのは何となくわかる。
でもテンションは下がっているかはわからないし、上がっているかもわからない。
まあ今は離ればなれだから上がっていないことだけは確かだ。
何か刺激があればテンションは上がるのかもしれないけれど、テンションのために刺激を探すなんて安い高校生か安い大学生の安い恋愛みたいでつまらない。
「維持」が目的になったら恋愛ではなくなるのでは??


誕生日に君からもらった手紙を、久々に読んだ。
何となく、若いと思った。
若さゆえに安定はないけれど、でも若さゆえに恋愛している感は今より強かった。

今、僕の恋愛している感が強くないのはなぜか。
君が宮崎にいて僕がバイトをしまくっているからである。
別の場所で別の時間に別の行動をしているのである。
僕がついノスタルジックになってしまう原因はそれなのだ。
変わった変わってないはもういいから、君とデートしたいんだ。
君と楽しいひとときを過ごしたいんだ――難しいことは考えずに。


まあ手紙と写真のおかげでテンションは上がってるんすよ。
バイトあがりで疲れてるのか、言ってることがめちゃくちゃ?

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2009年2月 4日 (水)

南大沢の日

例えば、君が期待するような言葉を、僕は言うべき時に言わないかもしれない。
君が期待するような行動を、僕は行うべき時に行わないかもしれない。
時にそれが君を不安な気持ちにさせたり、いくぶん信頼度を落としてしまうかもしれない。
もちろん僕はそれをよしとするわけではないが、例えば極端な話、君の期待に応えられるような言動が僕のするべきことかというと、そうではないはずだ。
考えてもみればこの二人は互いにありのままの自分で恋をスタートさせたからこそ、信じられないほど仲の良い恋人同士となったのだ。
あまり難しく考えたり難しい気持ちになったりすることはなく、もっと二人は純粋に恋をすることができたらいいな。

という具合に僕は、君を不安にさせたことの言い訳をして綺麗に誤魔化しているわけだ。
僕は南大沢からいい気分で一人で君の家に帰り、それから君の帰りを待った。
それは本当に静かな、一人だけの空間だった。
それ自体は夕方のほんの2、3時間しかなくて、おまけに僕は幸運なことに寝たので、まあ平気かなとは思った。
でもこれが日常だったら大変だなぁと改めて僕は思った。
世間から断絶された空間だと思った。
もう、考え事しかすることがなくて、しかもずっと何かを待っているような感覚だろう。
一人だけの世界では何も起こらないから、外部からの刺激を待っている、そんな感覚かな。
僕には音楽という趣味があるが、それすらこの状況においてはむなしいものに感じられるかもしれないなぁと思った。
君は女の子だし、あそこは田舎だし何もないし、僕の音楽のような熱中できる趣味がないんだとしたら、あそこに一人で暮らすのは相当強い子だな、と思う。
確かに二人の楽しい時間が終わったあとのあの一人の空間は耐えられないものがあるだろうと、僕はもっと君のことを考えてあげなきゃと反省するのだった。


純粋な恋がどうとかってのんきなことを言っていられるのは、僕の立場からだけだろう。

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2009年2月 1日 (日)

海を見に

バイトの休憩中に君と電話した後、僕はずっと君について色々と考えていた。
しかし結局答えは出なかった。
…答え?
これは問題なのだろうか。


テストをきっかけに君は変わったと思う。
テスト前は君はもっと笑っていたし、これほど泣いたり悲しんだり自責しなかった。
テストを通して、君は子供っぽくなったし、不安定になった。
と、僕は思う。
もしかするとそれは気のせいで、実は僕が変わって君の見え方が変わったのかもしれない。
それは定かでない。

いずれにしたって、君との電話で僕が前より気を遣うようになったのは確かなことだ。
君が悲しい思いをしないように、泣かないように、できるだけ笑顔で話ができるように、言葉を選んで話すことを意識するようになってきている。
でも、それはやっぱり違うんだ。
別に僕はそれを苦だとは思わないが、僕は君と話をしたいから電話をしているわけであって、気を遣って君を悲しい気分にさせないために電話をしているわけではない。
もしも君を悲しい気分にさせないことが僕の義務であるとしたら、僕は構わないが、君はそれでいいと思えるのだろうか。
「君が泣けば僕の負担は重くなる」とか「甘えてばかりじゃいけない」とかいう問題じゃなく、もっと素朴に、君はこれでいいのかな、と思った。

(一人暮らしの淋しさ+恋人になかなか会えない苦しさ)×電話=涙?
わからないけど、とにかく君はお腹がすいているのかもな、と思う。
というのはつまり満たされていないのだ、ということをソフトに表現したものである。
その原因は僕が実家暮しという環境にあるのか、僕の愛情が不足しているということにあるのか、君が多くを要求していることにあるのか、わからないけど、おそらく君は一番最後のを言うんだろうな。
しかし全ての責任を自分に負わせては、あまりに現実離れしているし、それ以上考えが進まない。
だから、環境のせいかもしれないし僕のせいかもしれないし君のせいかもしれない、ぐらいに考えておこう。
とにかく、君がお腹いっぱいになってくれることを僕は願っているんだ。
電話で僕が気を遣って一時的に君の悲しみを取りのぞくことによって、君がお腹いっぱいの状態に少しでも近付けるのであれば、僕はそれをやろうと思うけれど、君はどう思うかな。


僕は一人暮らしではないし君ではないから、君の体験している淋しさ(強!)は想像しにくい。
想像はできても、共有するのは不可能に近い。
だから「甘えすぎだ」「求めすぎだ」「間違っている」とは思えないし、むしろ「君の気持ちをもっと現実的に、実感できたら」と思う。


結婚で君はお腹いっぱいになるんだろうか。
結婚するまでお腹いっぱいにならないんだろうか。
お腹いっぱいでないまま結婚できるんだろうか。
君の幸せは、いや君と僕の幸せはどこにあるんだろうか。

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