« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月

2009年3月17日 (火)

船に乗れば

不安に包まれているのである。

サークルもろくにせず、バイトはたまーに入って女子高生とルーティンワーク。
昼間は教習所でストレスを蓄積。
たまに君の家に往復800円で行きセックスをして君にさみしい思いをさせて帰る。
家に帰るとさみしい思いをさせられた母が疲れた体で寝ている。
バンドもない。
相変わらず社会とのつながりがほとんどなくて、結局僕は好きな60〜70年代の黄金期のロックンロールを聴きながら本を読んでいる。
君には「ずれている」とか「関係が希薄になるかもね」なんて言われる。

何か始めようにも、何をしたらよいかわからない。
僕は、何がしたいのか。
ゼミの募集はまだ発表されない。
カリキュラムもまだだ。
4月の予定が立てられない。
旅をしようにも、金も目的もない。
僕は一体何をしたいんだ。
バンドか。
ライブか。
変化が欲しいのか。
刺激が欲しいのか。
君が「ナントカ会」とかいって張り切っている間、僕は不安で憂うつだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 5日 (木)

あるミュージシャンより

音楽への愛を、いい加減捨てたいと思っている。
それは「愛」なんかじゃなく「依存」で、現実からの「逃げ道」なのだ。
僕は音楽に甘えすぎているのだ。
何かいやなことがあるとすぐ「ロックンロールでぶっ飛ばしてやる」、退屈すると「ロックンロールで楽しい気分になろう」、自分に能力がなくても「俺は曲が作れるんだ」…。
そんなのはただの現実逃避に過ぎない。
将来を考えるのが怖いから、とりあえず今は音楽を聴いて…
と、そんな依存の仕方はダメなのである。

僕は意気地なし根性なし甘えん坊怠け者の能無しで、見栄を張ってそれを隠そうとしているのだ。
子供の頃から僕はそう、小さい奴だった。
音楽はそれを隠すのにうってつけだったし、特にロックンロールはそんな弱虫の強がりのような性格を持っているから、僕にとっては都合が良かった。
無茶と思えるようなことも、僕が見てきたロックンロールヒーローたちはこなしてきたから、ロックンロールは僕を非現実的な世界に連れていこうとした。
つまり、現実逃避の手段になった。
僕はそれに甘えてきた。

君と出会って僕はいよいよ現実を見ようとするようになった。
そうせざるを得なかった。
そもそも音楽などなくても人は生きていけるものだ。
明るい人生を歩むために必要なことは音楽ではない。
僕の小さい頃からの性質を、克服しなくちゃならないのだった。
僕はもっと「人間として」の自分を磨かなければいけない。
アドリブがきくとか、頭の回転が速いとか、とりあえずやってみる精神とか、広い視野を持つとか、勘を働かせるとか、人とうまくコミュニケーションをとるとか、上手に嘘をつくとか、芝居がうまくなるとか、適当にごまかすのがうまくなるとか、意志を強く伝えるとか、気遣うとか…。

そういうことをやるのに、音楽という逃げ道があったのではしょうもないのだ。
かといって君という存在が逃げ道になってもよくない。
「君が僕を認めてくれるからこれでいいや」
ではいけない。

とにかく僕は「閉ざさない」よう努力しなくちゃいけない。
それは「普通の・変じゃない」人間になるためにも、「一人前の・ダメ人間じゃない」人間になるためにも、「君を守れる」人間になるためにも、必要なことなのだ。
つまり目的は何であれ、僕には「閉ざさないこと」が必要とされている。
それは、頭ではわかるけどどうすればいいのか、難しい問題だなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 3日 (火)

「ノッティング・ヒルの恋人」も良かったけど、今日の「9ヶ月」も良かったなぁ。

子供。
まだ早いような気もするし、少なくとも10年以内の話ではあるような気もするし。
母は僕のために会社を退社した。
君は退社しないだろう、と僕は思う。
時代がそれを許している。
たくさん働いて将来子供に楽をさせるのはいいかもしれないが、どっかの家族のようにそのために子供と触れ合う機会を失っていつしか心も離れてしまい…となるのは子供にとって幸せなんだろうか。
いや、心離れてないのか。
あれ??

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »